チーム史上「最強」と胸を張れる戦力が整っている。1年前の全国8強の体験者が3人。100㎞超を常時投げる左腕が2枚いて、右腕もおそらく同数。サク越えできる打者は少なくとも4人いる。これだけ役者がいても依存し切らず、優勝旗のコレクションで悦に入らないのは、経験豊富な名将が率いているからだろう。下級生も交えて激しくポジションを争う過程では、悪夢のような大逆転負けもあったが、それもきっと名将の想定内。新チーム始動時から『天下獲り』を公言してきた豊上ジュニアーズが、満を持して大本命の舞台に立つ。
(写真&文=大久保克哉)
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名将と天井知らずの“最強世代”。至上の頂へ1年計画が遂行中
とよがみ
豊上ジュニアーズ
[千葉/1978年創立]
2年連続6回目
初出場=2016年
最高成績=3位/2019、21年
【県大会の軌跡】
1回戦〇25対0千葉市原マリーンズ
2回戦〇7対1ASAI KIDS☆UNITED
準決勝〇16対1エースライオンズ
柏の名将もうひとり
「チームは生きもの。ちょっとしたことで良くも悪くもなるし、危機感は常に持っています」
これはサッカーの元日本代表監督、西野朗氏から直接に聞いた言葉だ。Jリーグの最多勝利監督であり、1994年のアトランタ五輪で王国ブラジルを撃破、2018年のロシアW杯では日本最高成績の8強へ導くなど、数々の偉業を遂げた名将。1990年代の終盤には千葉県の柏レイソルを率いて、初タイトル(1999年ナビスコ杯)をもたらしたが、2001年のシーズン中に成績不振で解任という憂き目も経験している。
豊上ジュニアーズは同じ柏市内で、プロサッカーチームよりずっと古くから活動している。ごく一般的な地域のチームに訪れた転機は、2006年だったのかもしれない。2019年から2大会連続で全国3位など、チームを全国区の強豪へと昇華させた髙野範哉監督が、初めて指導者(父親コーチ)となった年だ。
都合6回目の全国出場を決めた今年は、かつてないほどに名将の鼻息も荒い。昨秋の新人戦に続いて、6月の全国最終予選も「千葉に敵なし!」をぶっちぎりVで証明。その決勝の直後、応援にきていた保護者や関係者や低学年生らを前に、髙野監督はこのように挨拶した。
「今日は子どもたちのことは、みなさんで胴上げしてあげてください。ボクはいいです。この代は全国優勝を目指してスタートしているので、ボクは全国優勝したらお願いします。ホントに本気で全国優勝を目指していますので、応援をよろしくお願いします(※一部抜粋)」
少なくとも、そこに数十人はいだだろう。自ずと巻き起こった大きな拍手が、改装オープンから間もない国府台スタジアムの外壁にも反響。濁りも忖度もない、期待と確信の音色だった。
ストレートにものを言う指揮官は、心にもないことを口走って場を取り繕うような御仁ではない。おそらく、そこにいた大多数がそれも知っている。挨拶ではまた、5年生と4年生たちに向けて、名将はこうも言った。
「いいか、何度も言ってきてるけど、簡単には全国大会には行けないんだからな。去年だって、頑張って頑張ってやっとだった。今年は最初から『必ず行く』と言ってきたけど、これが普通じゃないからな」
“最強カルテット”の調和
今年の6年生たちが超異例なのは、低学年のころから県内外で知られた『最強世代』であるからだ。茎崎ファイターズ(茨城)や不動パイレーツ(東京)など、同じく今夏の全国を決めた関東の強豪たちとの切磋琢磨も、何年も前から始まっていた。
昨夏の全国大会では、福井陽大、神林駿采、中尾栄道(=写真㊦上から順)が、5年生ながら主力としてベスト8入りに貢献。またそのメンバーから外れていた左腕、山﨑柚樹が新人戦の関東大会で唯一の100㎞超えとなる103㎞をマークして脚光を浴びた。
昨夏の全国大会、福井は一番・三塁、神林は五番・中堅、中尾は代打の切り札(写真上から順)として8強入りに貢献。続く秋の関東大会で山﨑が台頭した(下)
ポジションも打ち方も、サイズも性格も異なる4人だが、いずれも世代屈指のタレントだ。迎えた今年も、それぞれに課題も克服しながら夏にかけて輝きを増しており、キテレツな“最強カルテット”が絶妙なハーモニーを奏で始めている。
中でも昨秋からイバラの道を歩んだのは、左投左打の中尾だった。逆方向へも大人顔負けの打球を飛ばし、マウンドで投じるボールもえげつない。だが、攻撃中のケアレスミスや与四死球の連発などで、指揮官の大目玉を食らうこともしばしば。
「2ストライクからフォアボールとか、ピッチングでは悔しいことが多かった。自分からヤバいと思っちゃうとダメなので、目の前のバッターに集中するようにしてから、変わってきました」
苦しい体験も重ねて自ら教訓を得た中尾は、ひと皮もふた皮もむけた。全国予選決勝では、2ランを含む3安打3打点と四番の働き。マウンドでも最後の打者を空振り三振に斬ると、小さくガッツポーズした。
「全国では投打ともにチームを引っ張って、日本一の打者と投手になりたいです」
そんな中尾に対して注文が多かった指揮官も、全国予選を終えて及第点を与えている。「1回戦では大人のフェンスも超えるような100mクラスのホームラン。逆方向へも特設フェンスがあれば超えていた当たりも4本、5本。投げても普通にストライクが取れるようになって、野球がぜんぜん違ってきましたね」(髙野監督)
6年生14人の輪
最強カルテットの存在は、今や全国区の強豪チームにも知られるところ。ただし、名将の目は今年に限らず、一部の有力選手にだけ向いていることはまずない。
昨年同様、今年も5年生たちがレギュラーに食い込んできている。昨秋の新人戦で、後山晴がイチ早く正遊撃手となり、新年を迎えると玉井蒼祐も二塁手で先発する機会を増した。また、カルテットたちがマウンドではピリッとしないなかで、軟投派の加藤豪篤が台頭した時期もある。
二遊間は5年生コンビだ。「全国では守備でも走塁でも活躍していきたい」と遊撃手・後山(上)。「セカンドとして注目される選手になりたい」と二塁手・玉井(下)
下級生に押し出される形で、複数の6年生がポジションを転々。カルテットの福井に村田遊我、矢島春輝あたりが激しくポジションを争ってきた。結果、チーム全体が底上げされて分厚い戦力に。
外野守備の名手・土屋孝侑(=下写真)は、予選決勝で八番・左翼に入り、2打数2安打と渋く働いたが、優勝の喜びとともに危機感を口にしている。「決勝は思ったよりもたくさんの人が見に来てくれて、楽しかったし、全国はずっと目指してたのでホントにうれしい優勝です。でも、ボクは途中で代打と交代が多かったので、全国では最後まで(フィールドに)立っていられるように、二塁打とか長打とかも打ちたいです」
全国予選の決勝は、2回を終えて6対0となり、3回からは代打や守備固めで6年生が続々と登場した。そして濱谷悠生、鈴木海晴、井上凌がヒットを放つなど、スコアを15対0に。
一方的にリードするなかで、控え組にシフトしても攻撃力が落ちるどころか、得点数は増。これも戦力が底上げされた証拠であり、名将の長期的なチームづくりの成果だろう。換言するなら“髙野マジック”だ。
4回表の守りの途中から右翼へ入った井上(=下写真)は、その裏の打席で3ボールから左翼線へヒット。レギュラーを諦めているような選手には見られない、果敢なフルスイングが印象的だった。
「試合中は『早く出たい!』といつも思って準備しています。全国ではライトゴロも決めたいです」(井上)
4回裏の途中でタイムアップとなった決勝では結局、6年生14人のうち12人が出場。新人戦では主将を務め、関東大会で三塁を守っていた双子の長谷部ツインズの兄・匠音は、一塁ベースコーチに専念していた。
「ボクは今、ケガ(骨折)しているので今日もチームをサポートすることを一番に意識してきました。全国でも一番声を出して、みんなで結果を残せるように頑張っていきたいと思います」
タイムアップ前の最後の打者となった弟の奏多は、優勝の要因をこう語る。「レギュラー以外の選手も自分の仕事や役割を考えて、声出しとかもできたことが一番良かったと思います。やっぱり、ボクも誰よりも活躍したいし、全国でも準備します!」
全国予選は一塁コーチに徹した長谷部匠(左)。右は代打で右前打の鈴木※決勝戦
こうして代わる代わる、保護者らの手で胴上げされた6年生14人に、筆者は話を聞いて回った。たまたま最後となった、背番号12の蒲田双樹が「全国でも声を出して、試合に出たら思い切り全力で…」と話していると、原口守コーチがスッと現れて補足をしてくれた。
「決勝も急にゲームセットにならなければ、蒲田を出す準備をしていたんです。この子と女子の田中美優の2人は、練習でも試合でも準備だったりをいつも一番にやってくれるんですよ、一生懸命に…」
これを聞いていた複数の仲間が、蒲田の表情を見て「泣きそう!」とはやし立てると、「オレが泣きそうだよ!」と原口コーチが笑いを誘った。近くにいた田中は改めて「6年生はみんな面白くて、話も振ってくれたりするので、このチームにいるだけで楽しいです」と、瑞々しい笑顔。
ヘッドコーチも「楽しみ」
試合中は、髙野監督の言葉と口調は決して優しくない。実績のあるカルテッドに対しても容赦なし。それでいて、全国予選を除けば、必ずしも勝利にだけ固執していないのも例年のことだ。
今年のチームは「全国出場」ではなく、「全国優勝」を当初から掲げて歩んできた。その過程では、非情にも思える起用や背番号の剥奪劇もあり、ベンチで動かずに大逆転負けを見届けたことも。これらもきっと、求めるラインへと、選手とチームを引き上げるためだった。その根底にあるのは、冒頭のプロサッカー界の名将にも通じる「危機感」ではなかっただろうか。
「最強世代」を率いるのも楽ではないのだ。巨大戦力が必ずしも勝てないのは、スポーツ界の常。選手個々をフォローする役目にもある原口コーチ(=上写真)は、今夏の全国出場を決めた時点でこう話してくれた。
「カルテットの4人以外が成長しないことには、全国優勝はないと思ってきましたけど、蒲田や田中あたりも含めて、控えの子たちがプレーでもホントに成長してくれている。チームが活性化して、ひとつになっている。全国大会がホントに楽しみです」
ちなみに、フィールドへ入る前に、選手たちを集めてスタメンを発表するのも同コーチの役目のひとつ。その理由は――。
「もちろん、スタメンを決めるのは監督の髙野です。ただ、選手に伝え忘れていて、試合前ギリギリというのも何度か。選手もグラウンドに入る前にわかったほうが、準備もしやすいかなと…」
名将も完璧ではない。ある意味、不器用でその人間味が本人たちに伝わっていないことも多いが、選手一人ひとりへの深慮もある。これ以上の“深イイ話”は、1年計画が完遂されてからとしよう。髙野監督にとって50代最後の夏は、これからが本番だ。
【県大会登録メンバー】
※背番号、学年、名前
⑩6 神林駿采
①6 中尾栄道
②6 福井陽大
③6 鈴木海晴
④6 矢島春輝
⑤6 長谷部匠音
⑥6 村田遊遊
⑦6 濱谷悠生
⑧6 土屋孝侑
⑨6 井上 凌
⑪6 山﨑柚樹
⑫6 蒲田双樹
⑬6 長谷部奏多
⑭5 玉井蒼祐
⑮6 田中美優
⑯5 後山 晴
⑰5 関澤月陸
⑱5 蒔田昊明
⑲5 蛭間悠智
⑳5 加藤豪篤